子育て1年生あかつきの“毎日笑顔で過ごしたい”

0歳の男の子を育児中。モットーは「毎日楽しく、人生はよりよい方へ」。

自分を大切にするために、お気に入りの服を着る

6月に着る10着を選んで、「部屋着にできるかも」ととっておいた服を捨てました。

 

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着る時にストレスを感じる服を着ないこと。それだけで日々の生活が少し軽やかになる。

「ストレスを感じる服」って何だろう。

そう考えてみたとき思い浮かぶのは、こんなところでしょうか。

  • サイズが合わない服
  • 素材が合わない服(チクチクする等)
  • 履きにくい、脱げやすい、ひっかかる等、動作を阻害する服
  • 穴があいた、シミがついた、首回りがよれた等、明らかに着古した服

もちろんこういった服はそもそも買わない&折を見て処分していたのですが、見落としていたのが「まだ着れるけど気に入っていない服」でした。

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先日処分した大量の春夏服。去年までは部屋着にしたり、パジャマにしたりしていました。

 

「まだ着られるし。もったいない。」と思って、着古した服や買ったはいいけれどたんすの肥やしになっていた服。以前は部屋着こそがこういった服を活かせる着方だと思っていて、「気に入らないな…」と思いつつも、そういう気持ちを押し殺して着ていました。

だけど、そういう服を全て処分してみて、生活は変化しています。

 

朝クローゼットを開けた時にお気に入りの服だけが並んでいる幸せ。

たとえ1日家にいるだけの日でも、「この服でいいや」ではなく「この服がいい」と積極的に服を選べる楽しさ。

「ちょっとお散歩に行こう」「ちょっとスーパーに行こう」としたときに、すぐに出かけられる軽やかさ。

 

高級な服を着ているわけではないし、毎日のちょっとしたことだけど、いい気分で過ごせる時間が増えているのです。

 

どうでもいい服をきることは、自分を「どうでもいい存在」だと扱うこと。大切な服を着ることは、自分を「大切な存在」だと扱うこと。

お気に入りの服だけを着る生活を数日続けていて感じたこと。それは、「私は私にとって大切な存在だ」という感覚でした。

どうでもいい服を着ることは、「あなたはこの程度の服がお似合いよ」と自分自身に語り掛けているようなものなのだなぁと。それって、自分をすごく粗末に扱っていて、実はすごくストレスのたまることなのではないかと思っています。

 

子育てをする慌ただしい日々の中で、意識的に自分のことを大切にしていないと、あっという間に自分自身のことなんて忘れ去ってしまう。だけど、自分で自分大切にしていないと、人間の心は死んでいってしまう。

毎日着飾る必要はないけれど、サッと着られるお気に入りの服で毎日過ごすようにしてみる。それだけで、自分のことを大切にすることができます。

 

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「心が疲れているなぁ」「最近自分のことを顧みてないなぁ」と思ったら、家の中ででもちょっといい服を着てみるといいかもしれません。

よそいきの服を着るなんてもったいない?

そんなことはありません。よれた服をきて、心までよれてしまっていること。そのことの方が大切な「わたし」を生かせていない、よっぽどもったいないことだと思うのです。